荒木博行のbook cafe 番外編 アーティスト×起業家 柏谷泰行の生き方3 (文字起こし)

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この記事は、コンテンツが素晴らしすぎてきちんと咀嚼したいがために文字起こしさせていただいた、荒木博行さんのVoicyのエピソード「番外編 アーティスト×起業家 柏谷泰行の生き方3」の一部です。

荒木博行のbook cafe

https://voicy.jp/channel/794

書籍要約サービスを提供するフライヤーにてアドバイザー兼エバンジェリストを務めるとともに、「藁を手に旅に出よう」、「世界倒産図鑑」、「見るだけでわかる!ビジネス書図鑑」の執筆者でもあります。
このbook cafeは、マスターである私がビジネスパーソンにオススメしたい過去の名著から最新の書籍まで、その内容を紹介する場です


番外編 アーティスト×起業家 柏谷泰行の生き方3

https://voicy.jp/channel/794/149992

>さあ、それでは対談3日目になりました
ERRORs代表の柏谷泰行さん来ていただいております。

よろしくお願いします。

>まず、初日からの文脈でちょっとずつ聞きたいことがあるんだけどさ、
最近、ビジネスパーソンに「アート思考」が流行ったりしているじゃない
これってカッシーはどういう風に見ているのか
ビジネスパーソンに本当に何が必要だと思っているのか、その辺のところでちょっとコメントが欲しいな

アート志向と SDGsみたいなのは結構近いベクトルに感じている
自分の成長とか会社の成長のために SDGsとかアートとかを利用しようっていう
アートを感じる、アートを楽しむとか目的じゃなくて
SDGsにあるゴールを達成したいじゃなくて
自分の会社を成長させたい、自分の部署をうまく行かせたい、自分がビジネスマンとして成長させたいみたいな
そのために利用しやすいものを持ち出しているような感じ

>なるほど!たしかにそれはそうだね

そうすると何かを利用しようと
別のところに目的があると
結局知識と最新のトレンドに乗っている自分に酔える、
自尊心だけ肥大化して中身は大して充実してないみたいなことになりがちだな、っていう

僕が思う本当に大事なアート思考は
感覚とか感情、論理ではない
正解、不正解がない 世界で時間を過ごすっていう大切さのことなのかな、っていう

>なるほど。
それによって評価を高めようとかじゃなくて
そもそもそういう時間を過ごすことが大事なのである(ってことだね)

やっぱりどうしても会社も学校も論理的に作られているじゃない、
評価も論理的にされるけどさ
でも人間ってそもそも論理と感覚感情が手を繋いでいるような生き物じゃない
感覚・感情というそもそも人間に存在しているものをちゃんと見よう
アート思考は論理と感覚・感情をフラットに見る
人間とか社会をフラットに見るエクササイズってことなのかな

>なるほどね。人間が本来持っているナチュラルな部分
逆にいうとワークプレイスがある意味人間本来のポテンシャルを出すような環境じゃない
カッシーが今山梨に住んでいるのもその辺にあるの関係ある?

山梨に住んでいるのは感覚・感情を大切にした結果であり、
「幸せとは何か?」というものに対する解像度が高まった結果、作られたものですね
山梨の環境っていうのは

>聞かせて聞かせてその辺り

「幸せ」っていう漠然とした言葉を自分なりに言い換えると
「生きる喜びを感じる時間」について言っているんですよ「幸せ」って

>ほうほうなるほど

で、生きる喜びは大きく二つに分けられるんですけど、
ドーパミン系とオキシトシン系・セロトニン系に大きく分けられる

ドーパミン系は
快感系、何かを達成した!ってことやこんなのもっとやりたい!ってこと
簡単にいうと「もっともっと」、鋭い快感、喜び

オキシトシン、セロトニンはChillな感じ
人と人との繋がりを感じるじわーとした生きる喜び

この二つが存在している。

ドーパミン系はネガティブループがかかるから、
ドーパミンって出れば出るほど受容体が小さくなるんですよね

だから例えば会社を大きくするとか、
毎年2倍成長してたら今年も次の年もその次も2倍ではもう快感が得られなくなる
同じ受容体では反応しなくなるから

>うーんわかる

一方でオキシトシン系は受容体が大きくなる
人との繋がり、人への感謝とか
「孤独を避けるために生まれたホルモン」だと僕は思っているんですけどオキシトシンは。
人との繋がりを感じると分泌される
こっちはポジティブループがかかる
どんどんオキシトシン感じやすくなる
そういう特性があるなと思っていて

仕事はどっちかというとドーパミン側を担うものなんですよ

一方で、暮らしはオキシトシン・セロトニン側を最大化するものであって欲しい

仕事頑張るとドーパミンが出る
だけどドーパミンはうまくいけばいくほどどんどん感じにくくなる、喜びが出にくくなる。
そういう時にオキシトシン・セロトニンの下支えがあると仕事も頑張れる。
で、そういう風に乗り切っているうちにまたドーパミン出る環境になってきて、両方がうまく摂取できる快適な環境設計とは何かということを考えたその結果、森で暮らすという結論に至りまして

何で森はオキシトシンセロトニンなのかという話をしたいですけど
興味あります?笑

>あるある!笑

オキシトシンが孤独を避けるためにある喜び
で、僕が一番オキシトシンを感じたなと思ったのは森で過ごした時なんですよね

すごい面白いプログラムがあって三日間森で過ごすというプログラムがある
それは何人かで森に入って「解散!」て言って散り散りになっていくんですよ、森の中で一人一人
自分の心がここにいたいと思う場所を見つけて一人で過ごす
で、それをやったら何時間後かに笛が鳴って
みんなで笛を鳴らしながら出発点に戻っていって
戻ったら焚き火をしたりして一人の時間に感じたことを話すプログラムを受けた時に

僕は森の中で川にいたんですけど
なんかそこで「自分はこの壮大な生態系の一部だ」と感じた事があって
その時に孤独がゼロになったの
オーケストラが鳴ったみたいな衝撃を受けたんだけど

それは、なんか川に惹かれるなと思って川を歩いていた
川を上っていったバシャバシャ。夏だったので
で、それで上っていって疲れたので川の上のでかい石の上で休んでて
そこで持ってきていた煮干しを食べたんですよ

そうやって食べているときに煮干しがひとかけら川に落ちたんですよ
こぼしちゃって
そしたら自分が座っている石の下から小エビが出てきて、
その煮干しをとって行ったんですね

そこから川を見てみると魚もいて
もうひとかけら落とすと魚も取っていた
多分ヤマメだったと思うんですけど

それを見た瞬間、もうね、
「自分はこの生態系の一部だったんだ!」っていう気づきがあって

>なるほど

で、これが最も孤独じゃないと感じるものなんじゃないかと思って
「生態系の一部であることを感じられる環境とは?」どういうとこかを考えた時に、
「森だ」と

森を見つけて森を買って
家も自分で設計したんですけど
それもこう、朝日・夕日・星空っていうのをいかに感じられるかっていうのに基づいて設計して
そこも地球と自分が地球の一部であると感じられる瞬間なんですよね
っていうなんかね、そういうオキシトシンセロトニンの最大化を目指してリアルな環境設計をしてみたっていう

>面白い!
普通に大手町のオフィスに通勤しているみたいな環境で言うと狭いじゃない
満員電車乗って、環境も毎日見ている上司とか人の顔を見て
しかも限られた人間しか見てないし
さらに言えばごく限られた人間のすごい感情に左右される生きて
どうしているってだんだん疲弊していく
ものすごいある意味、局所的な物事で、なんかね、感情が左右されている、みたいな環境にいるんだよね、多分ね
もうちょっとこうそれこそ視野を広げてみたらいろんな生き物に囲まれているわけだしね
変化があるわけだから

で、僕もこんなになってステイホームになって初めて家の周りの住環境に興味を持ち始めるようになったわけですよ

>ほーう

そうするとさ、もう一年コロナで経ったから
ここにこんな花が咲くのかとか
今までなんかさ通勤で何百回も通ってたは全然見てないわけよ
でもこういう四季があってこういう生き物がいてみたいな
こういうのに支えられてるんだなとか
自分はまさに共生しているんだなみたいなのって
気づく瞬間ってなんか幸せな気分になる瞬間があるわけだよね

>ねえーそうそうそう

でもなんか今のなんだろうカッシーの描写とかすごく伝わったし
そのカッシーの孤独ではないっていうのがそのインサイトがすごいね
なんか自然が大事だなぁとか自然て面白いなーみたいな感覚ももちろんあると思うんだけど「自分は孤独ではない」チャリにつながると、そこからセロトニンにつながるという一切一体とかさ
めっちゃ面白いなそれ

人間は弱い猿じゃないですか
誰かと協働しないと生きてこれなかったから
だから孤独だと辛いと言ってきているじゃないですか
数万年の歴史の中で
だからもうね DNA レベルのものなので
これを無視して生きるのはね、ちょっと逆に合理的じゃないよねっていう

>うんうんうん、なるほどね

オキシトシンは結局コミュニティを育てる、子供を育てるとか人と人との関係をつないで、繋ぐと喜びができるからいいコミュニティになるけど
そうするとコミュニティが育って子孫が増える 大きくなると食べるものがなくなってしまう。
そうするとまた別のエリアを開拓が必要になるからドーパミンが必要になっていく。

でも100%の人がドーパミン出まくるタイプだと、
じゃあ「別の場所見つけるぞー」っていくと虎に食われたりするんで。
ドーパミンがだいぶ出ちゃう人が1~2%いて、そいつが新しい「ここ木の実結構あるぞ!」見つけてくれて
5%くらいは「マジマジじゃあいくわ」でいって
でも95%は「でもまだ虎いるかもだから行かない」
でも20%くらいの人が「最初の6%の人が言っているからいくか」で行って
最後70%付いてくる、みたいな

イノベータ理論とも人間がここまで反映した理由とすごい繋がっているなと感じるんだよね

ドーパミン、オキシトシン、セロトニンがあるから人間は生き延びてきて、
そこが生きる喜びを繋がっているなら
そこをリアルな環境でハックするっていう

>初日に聞いた話に戻るんだけど
そこの感覚を得たカッシーはどんなチャレンジというか、どんな事業を展開していきたいと思っているの

これからは生きる喜びを感じられる暮らしを作ることに集中しようかと
結局自分がそこを考えているとかワクワクしちゃうんだよね

>なるほど、そうか

例えばさオキシトシンの話とかしたけど
「良い人間関係が生まれる場」ってものが存在すると思っていて。

>うんうんうん

オフィスの会議室から始まる人間関係で大したものなんてできない
だけど
初めましてが焚き火の場とか、
初めましてがサウナとか、
始めましたが星を見るとか
登山の山頂で出会うとか
だとそういう場での出会い方だと、
よりマウンティングなんてカケラもないし、
より論理と感情のある人間そのものの心の対話が生まれやすくて
それが入り口だとオキシトシンが出やすい、心の繋がりがある仲間ができる

例えばそれを集落の設計に組み込んで行ったりとか
森を買ってそこに家を建てているのも、
結局焚き火場とかサウナとか作っているんですよ
友達や友達の友達を呼んでその場で初めましてなんですよね

そうすると何かいい繋がりができるんですよ心と心の

>わかる気がする

そういう感じで住宅と集落を設計して開発してそれを売って運営していくという
暮らし…まあ”ディベロッパーみたいなもん”ですよね
土地を買って集落として仕立てていくみたいな
そういうのをやろうと思ってます

>なるほど
もうそっちに心が動いてるわけだ

そうそう
で、住んでる人が生きる喜びを自分で見つけたり、自分で作っていけるような場のコーディネートをするって感じですね

>なんとなく閃いたものがあるんだね

そうですね
やっぱりね、今のサービスとか製品って「提供する」っていう言葉が似合うじゃないですか「価値を提供する」つまり「与える」んですよね
なんかに提供するじゃないなっていうので分かったんです最近
価値を見つけてもらったり気づいてもらう場のコーディネートに集中しようってのが今の僕の気持ちですね

>いいね
その話は元に戻って教育の話に繋がってくるんですよね

>そうそうそうなんですよ

>僕らがやるべきはそこ
与えるじゃない

与えるだと他の人よりもっと与えなきゃいけないとか
もっとちょうだいって言われるし
なんかね、幸せにつながるループには行けないんだよね
「提供する」の先には
すごく感覚的だけどね

>でもすごいよくわかるわ
あっという間に時間が来ちゃった
いい話だった

いい時間を過ごせてよかった
荒木さんと話せて自分にとっては幸せな時間でした

オキシトシン?

オキシトシンかな笑

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